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Archive for the ‘staffblog’ Category

最終回 LOVE注入!!!

31 10月

最初にその子の後姿を見たとき、僕は一瞬女の子かと思いました。場所は僕がよく行く近所の楽器屋。その子は椅子に座って、一心不乱にギターの試奏をしていました。

そのころ僕は、僕が辞めたあと、昭和のSAを引き継いでくれる人を探していました。あちこち自分の知人、友人にギターと接客ができる人を紹介してもらえるようお願いしていました。気心の知れたこの楽器屋の従業員の子にもお願いしていました。

「あ、ハルさん。彼がそうです」

僕の存在に気がついた店員の子が僕に言いました。すると、それまで弾いていたギターを止めて、やおら彼が立ち上がりました。小柄で髪の長い、やはり女の子のような華奢な体つきをしていました。

「あ、どうも! よろしくお願いします!!」

(LOVE 注入!)元気に挨拶をする彼の顔をみて、とっさに僕の頭に浮かんだのはそんな某お笑い芸人のギャグでした。たしかにちょっと似ています。僕も挨拶を返し、二言三言言葉を交わしました。気だてがよく明るく、ご両親に大事に育てられた感じのする好青年でした。この子に引き継いでもらいたい。僕はすぐにそう思いました。

そして、その最初に出会いから約一ヶ月。その小柄な男の子は「タカ」という名前でステージアシスタントとしてあの黒いTシャツを着て働いています。当初はやったこともないフォークソングの弾き語りをこなし、歌うお客さんの演奏を間違えたといってはしょげ返り、PAをいじりながら曲やお客さんの顔を憶えようと必死に目と耳をこらし、お客さんの演奏が終われば大きな拍手を惜しみなくしています。その姿はまるで、昭和という店に懸命にLOVEを注入しているかのようです。僕の後釜は、最初に会ったときの印象のままとても気だてのいい二十四歳の好青年です。彼なら、かならず昭和というお店を盛り上げてくれるはずです。みなさん、「タカ」をよろしくお願いします。

さて、この一年あまり続いた僕のブログも今回が最終回です。文章が浮かばず月曜日が憂鬱になったり、最近キレがないねぇなどとお叱り、ご批判も受けましたが、総じて僕自身楽しく執筆ができましたし、幾人かのお客さんに好評もいただきました。ほんとうにありがとうございました。

またいつか、どこかでお会いしましょう。それでは皆様さようなら!!!

 
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剛と柔

24 10月

とつぜんですが、僕が昭和ですごす時間もあとわずかになってしまいました。この二年半、僕は様々な人に会い、助けられ励まされ影響されて成長してきました。それは、僕にとってかけがえのない日々でした。たぶん、今までの人生で、一番学ぶところが多い時代だったのだと思います。中でも、本日ご紹介するコンビにはどれだけお世話になり、多くを教えていただいたか計り知れません。僕の駄文がその恩返しになるとはとても思えませんが、感謝の意を込めてご紹介いたします。

大人と子供、剛と柔、理論と感性、炎と氷––。二人を形容する場合、そんな対極的な言葉が連想されます。そんな二人がギターとベースで繰り広げる音のアンサンブルは、多の追随を許さない世界観を醸し出してしまうのです。どんな曲にも併せられ、どんなリズムにも対応できてしまう二人は、この昭和という店のもはや象徴といっても過言ではないでしょう。

「ハル、なんだかオレ、酔っぱらっちゃった」

と、目尻をさげて楽しそうに酔っぱらっているのは、剛と柔の柔らかい方の彼。小学生のような頑是無い表情で、にこにこと緑茶ハイのグラスをこちらに差し向けます。ついさっき見た時はまだ普通の顔だったのに、気がつくとデロデロになっています。いつものことです。酔ってもきっちりギターを弾けると知っている僕は、そんな彼にかぐや姫の曲を歌いたい人の伴奏をして欲しいとお願いします。僕の申し出を快く承諾してくれた彼は、相棒の剛のほうに声をかけます。剛のほうの彼は、こいつはまた性懲りもなく酔っぱらいやがってという顔を相棒に一瞬だけみせて、戦国武将のような厳つい顎をひいて頷きます。昭和最強アンサンブルが誕生します。まるで性格の違う二人がつくる音の世界はみごとに調和しています。これは、音楽の神様が彼らにもたらした一種の魔法なのかもしれません。

「ちょっと歌ってみてもらえますか?」

ステージに出てギターをかかえ、柔のほうの彼がとなりでマイクをもつ緊張気味の方にやさしく声をかけます。はじめて昭和に来てはじめて生演奏で歌う人の緊張をほぐしながら、曲のキーを取っていきます。そして初来店のお客さんがおずおずと歌いだしを口ずさむと、そのキーを素早くとってベースを抱える剛のほうの彼に告げます。ステージの意思統一はこれでおしまい。多くを語らずとも、それだけで充分なのです。

そして曲がはじまります。まるで何度も練習を重ねたかのように、かぐや姫の曲が進行していきます。初来店のお客さんは、その見事なアンサンブルに身を委ねるように気持ち良さそうに歌います。

「いやぁ、気持ちよかった!!」

歌い終えた初来店のお客さんは、そういって二人に握手を求めます。朗らかな酔っぱらいの顔にもどった柔のほうの彼はにこやかに、そしてベースを持った剛のほうの彼は口元をきりりと引き締めてがっちり握手します。僕はこんな光景を何度見たかわかりません。いつかはあんな風に歌うお客さんから喜ばれる演奏をしてみたい。二人をみて憧れて、ずっとそう僕は思っていました。もちろん、今でもそう思っています。

この二年半、お二人からいろいろなことを勉強させていただきました。いろいろなことを盗ませていただきました。ほんとうにありあとうございました。

 
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底上げブラザーズ

17 10月

底上げ–[名]低い数値・水準を高めること。

今調べたら、辞書にはそう書いてありました。今回ご紹介する二人組は、はたして何の水準が高まっているのか知りませんが、とにかく底上げに関しては右に出るものがいない方々です。

女性のお客さんにはほとんど見られませんが、男性のお客さんはたいてい一番手で演奏するのを嫌がります。

「あの、○○さん。今日は一番手ですから」

時刻は七時。そろそろステージをはじめようと僕が一番にご来店された男性に声をかけると、かならず「いや、オレいいよ」とか、「いいよ。誰かやりたい人からはじめなよ」などと、腰を引いて断ります。中には一言「パス!」と叫んで僕の説得を一切遮断する方もいらっしゃいます。不思議なことに女性にはほとんどそういった方は見受けられません。男は度胸、女は愛嬌という言葉がありますが、僕が経験したかぎりでは、女性の方に度胸があるのが真実のような気がします。

ですが、彼らは少なくとも昭和で飲んでステージに上がる踏ん切りをつけようとするだけまだマシです。

「ハルちゃぁーん!!」

二人組が入ってきました。今日もきっちり他所の店でアルコールの「底上げ」をすませ、もうすでにだいぶいいご機嫌です。訊けば、ふたりで店の近所の立ち飲みにいって、ホッピーをたらふく飲んできたとのこと。まあ、たしかにホッピーは昭和のメニューにありませんし、どうしても飲みたければ他所で飲むのはお客さんの勝手。それはそのとおりなのですが、何もあんなにたらふく飲まなくてもいいじゃないですか。

「ハルちゃぁぁぁぁーん!!!!!」

二人組の背の高い方が、僕の肩を嬉しそうにばしばし叩きます。もはや酔っぱらって力の加減が利かなくなった平手が容赦なく襲ってきます。しかも、まるでシッペのように平手が肩に当たった瞬間に止める、一番痛いやり方です。どうせ打つのならせめて振り切ってほしい。痛みに耐えながら僕は心で切に願います。

「じゃあ、二人で次にやりましょう」

痛む肩をさすりながら、僕は二人に声をかけます。来店後にも黒糖焼酎をロックでくいくい飲んだ二人は、いい加減酔っぱらってもはや怖いものはなにもありません。楽しそうにギターを抱えてアリスのナンバーやショーケンさんの「愚か者」を歌い演奏します。ぶらぶらに酔っぱらいながら歌い演奏する二人。選曲が「愚か者」。あまりにも二人は楽しそうです。見ている人はおなかを抱えて拍手喝采しています。

そんな楽しそうな二人に触発されてしまったのか、ここ最近、外でアルコールを底上げしてから来店するお客さんがとみに増えたような気がします。みなさん神田駅周辺のいたることろにある立ち飲みでまず少し酔っぱらい、ステージにあがる勇気を養おうとしておられるのだと思います。

お忘れかもしれませんが、みなさん。そもそも昭和はお酒を飲ませるお店なんですよ。

 
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蛸庭にて

10 10月

昭和の常連さんのほとんどがギターを弾く人たちですが、中にはギター以外の楽器に才能を発揮する方がいます。今回ご紹介するこの方はギターを一切弾きません。そのかわり、キーボードとドラムで他のお客さんを楽しませてくれます。自分のステージのときはピアノの弾き語り、そしてその他のお客さんの伴奏のときはドラム。奏でる音楽は違いますし、もちろんドラムセットを壊したりもしませんが、まるでX–JapanのYoshikiのような多才ぶりです。

「ハルさん、オクトパス ガーデンやるからギター憶えてきてね––」

今年の夏、彼からそんな注文を受けました。オクトパス ガーデンといえば、言わずと知れたビートルズの曲です。歌っているのはジョンやポールではなくリンゴ スター。つまり、いつものようにピアノで歌うのではなくドラムを叩きながら歌うというのです。ドラムを叩きながら歌うという人はもちろん店ではいませんし、プロのミュージシャンの中でもイーグルスのドン ヘンリーかCCBの眼鏡をかけた人くらいしか僕は知りません。これは面白いことになりそうだと、僕は早速練習しはじめました。

「え、けっこう面倒くさいんじゃん」

練習し始めてから気がつきましたが、オクトパス ガーデンという曲はイントロがギターからはじまります。曲自体はカントリー調のゆったりしたもので、コードもとても単純なのですが、如何せんイントロ、アウトロがすべてギターが要となっているのです。僕は家のギターでタイミングをつかむ練習をしました。

「そろそろ憶えた?」

店に彼が来るたび、彼がそう訊いてきます。僕は申し訳ないなぁと思いつつも、自信がなかったので何度か引き延ばしました。ですが、そうそう何度も引き延ばせるわけもありません。ついにこの夏の終わり、僕は意を決して蛸庭に足を踏み入れることにしました。

「いい? じゃあいくよ!」

ドラムセットのむこうから彼がカウントを出します。少しとちりましたが、なんとかイントロを弾き終えて曲がスタートします。軽快にリズムを刻みながら彼が歌います。すこし緊張しながら、僕は彼のリズムについていきます。蛸庭の宴はのどかに楽しく展開していきます。

「げ!!!」

今更ながら、すごいことに気がついて肝を冷やしました。なんとこの曲、間奏のギターソロだけ違うコード進行になるのです。ビートルズの曲はあまりにもカチッと出来上がっているのであまりアドリブでソロを入れるものではないのですが、僕は仕方なくアドリブを入れました。できは最悪でした。

そしてエンディング。ここもギターがキメになります。僕は緊張しながら流暢にリズムを刻みながら歌う彼に耳を澄ませました。

「よし、ここだ!!」

というタイミングで、あろうことか僕の頭は真っ白になってしまいました。なんとか演奏を終えましたが、素敵なドラムと歌との両立の影で僕のギターは散々でした。

「いやぁ、ハルさんありがとう!!」

そんな僕の憔悴を、人一倍人に気を使う彼はいち早く察知したのでしょうか、僕の手を取ってそんなねぎらいの言葉をかけてくれました。すこしささくれていた僕の気持ちはほんわかと暖かくなりました。

ドラムとピアノで歌が歌えて優しい彼は、その後も懲りずに僕をたのしい蛸庭へと誘ってくれます。そして蛸庭以外のたのしい場所にも一緒に行こうと言ってくれます。ピアノ、ドラム、彼との演奏は僕にとっていつも楽しい小旅行です。


 
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獣のいる声

03 10月

声、というのは持って産まれたものです。変声期や煙草、酒など人生のなかでそれなりに変化していくものですが、基本的には自分の地声というのは変えようのない不変のものです。つまり、人に感動を与える声というのはまさに天賦の才。神様がその人に与えた才能なのです。

僕が昭和の人間になり、一番最初に感銘を受けたのがその人の声でした。元々しゃがれた声に憧れがあった僕は、彼のまるで喉に獣を飼っているかのような太くハスキーな声に一発でやられてしまいました。桑田圭祐さんのしゃがれ方よりもむしろ桑名正博さんのしゃがれ方に近い渋い声で、「遠くで汽笛を聞きながら」や「いちご白書をもう一度」を熱唱します。初めてその声を耳にした他のお客さんが、「すげぇ」と唸っていたのを僕が聞いたのは、一度や二度ではありません。

「ハルちゃん。いいから弾いてみなよ」

今から二年半ちかく前、まだフォークの右も左もわからずに呆然と仕事をしていた僕に、彼は微笑みながらあの深く掠れた声でそう言ってくれました。曲はたしか「安奈」だったと思います。ろくに曲も知らずただ不安や恐怖心ばかりが胸の内に充満していた僕は、彼に言われたとおりギターを手にして弾きました。もちろんバンドとして手伝っていただいた周りの方々の適切なフォローがあってこそでしたが、はじめて何とか一曲弾き終えました。客席から拍手が鳴りました。なんともいえない充足感で胸をいっぱいにしている僕に彼は一言「な? やってみれば何とかなるだろ?」と優しく声をかけてくれました。僕はその夜のことを一生忘れないだろうと思います。

それから二年半。彼が僕の時とおなじように、物怖じしてステージに上がるのを躊躇している他のお客さんを見かけて、「大丈夫!やりましょうよ!」と声をかけている場面を何度も見かけます。そして、勇気を出してステージにあがり、「楽しかったぁ」と満面の笑みを浮かべている様を何度もみかけました。その中の何人かは、いまや昭和の常連となっています。

年下の人間に優しく、人一倍お店のことを想い、何かイベントがあると率先して指揮をとり、いつも周りに人がいます。それだけの人望がある所以は、もちろんその声と同様天賦の才もあるのでしょうが、それだけではない彼の弛まぬ努力の結晶でもあるのです。ギターソロ、ベース、僕が知っているこの二年半の間に、彼はそれらを物にしてきました。僕はそれらを彼が手に入れていくプロセスをつぶさに観てきました。天賦の才だけではない、彼の探究心と血のにじむような努力は、僕にとって忘れがたいものです。

努力家で明るい昭和の親分。みんな口にこそ出しませんが、心の中で彼のことをそう思っているに違いありません。いろいろと勇気づけられた僕自身もそうですが、あの喉に獣を飼っているの声だけでなく、その努力している姿が彼の言葉に説得力を与えるのです。

 
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SimonのSは……。

26 9月

二人組というのは、当たり前ですがグループの最小単位です。ソロではなくデュオ、一人より二人。もちろんソロはソロで魅力があるのですが、やはり二人というのは音の厚みや豊富さが格段にちがってきます。とくに、昨日今日できた二人組ではなく、長い年月をかけて熟成されお互いに信頼し合ったコンビというのは、下手なバンドよりもずっと重厚な音を表現できるものです。

僕が今回紹介する男性二人組の聴き所はなんといってもハーモニーです。サイモン&ガーファンクルやビートルズが得意な二人は、毎回来店のたびに流麗なハーモニーを聴かせてくれます。訊けば、元同僚だったという二人ですが、何があっても必ず二人組で店にやってきます。お店サイドとすれば、バラでいらっしゃっても一向にかまわないのですが、とにかくぜったいに二人組でやってきます。そして、楽譜も歌詞も見ずに淡々と演奏して歌っていきます。二人とも歌詞もコードもぜんぶ暗記しているというだけでもすごいことですが、それにあの息の合ったハーモニーが合わさるのです。これがすごくないわけがありません。

あまりに息が合いすぎていて、僕は以前に二人の仲を疑ったことがあります。

(あれはどう考えてもできてるだろ? だって、四六時中一緒だし、妙に息が合ってるし、ただの友達なんかじゃあり得ないだろ?)

そんな風に僕は考えていました。ですが、その説はいとも簡単に覆されました。いつごろからか、二人はたまにもう一人女性のヴォーカリストを連れてくるようになったのです。それも、代わる代わる若くて奇麗な人ばかりをです。やはりハーモニーがきれいだと、女子ウケがいいものなのでしょうか? 僕も誰かと組んでハーモニーを勉強するべきなのでしょうか? くやしいかぎりです。

そんな二人が中心になって、去年、土曜ライブをやったことがあります。全部で三部に構成されたライブは、一部は二人のサイモン&ガーファンクル、二部は他のもう一人男性を入れてのビートルズ、三部は女性ヴォーカルを入れた三人編成、そんな内容でした。すごく完成度の高い素敵なライブでした。それもそのはず、二人のうちポール サイモンを担当するほうの方は、ものすごく厳しい方だったのです。ライブ中にもかかわらずビシビシと出される指摘、ダメ出し、ガーファンクルさんの朴訥としたMCにたいする鋭すぎる突っ込み、女性ヴォーカルにたいしてもそれは容赦ありませんでした。ライブ後に僕がその女性に訊いてみたところ、泣かされることもしばしばなのだそうです。

なるほど、ようやく理解できました。サイモンさんは究極のSだったのです。それはまるでドリフのいかりやさんのように、まわりを絶対に納得させてしまう強烈なカリスマだったのです。そこに魅入られたガーファンクルさんは、否が応でも服従するしかないのです。もうこういう関係が構築されてしまった以上、ふたりはお互いソロ同士で活動することなどできないでしょう。それは女性ヴォーカリストの方々も同様、まるでサーカスの団長さんのようなサイモンさんは、つき合う人間をことごとくMにする能力があって、まわりはなす術無くしたがってしまうしかないのです。

SimonのSは、サドのS––。

ヘビースモーカーの彼がモクモクと煙をはいているのを見るたびに、僕はそんな言葉を頭の中に浮かべています。

 
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御降臨!!!

12 9月

青森県にある恐山にはイタコという巫女のような人たちがいます。死者の霊を自分の身体にのりうつらせて何かを語らせるという「口寄せ」の能力を持った方々のことです。黄泉の国から降臨した死者が、イタコの口をとおして何かを言うので、生前どんな国に生きていた人でもすべて津軽弁になってしまいます。以前にその様子をテレビで観たことがあります。ジョン レノンを降臨させてインタビューをするという番組だったのですが、イタコのオバアさんにビートルズの知識があまりなかったらしく、質問の都合が悪くなると「寒い」だの「苦しい」だのといってうずくまって震えだし、そのままじっと黙ってしまう様がとても可笑しくて、僕はテレビの前で爆笑していました。たしかに、生前のポールとの関係や小野洋子さんとの仲などを訊かれれば、天下のジョン レノンもそうせざるを得ないかもしれません。

…………ここだけの話ですが、じつは我が昭和にもひとり、とんでもないイタコさんがいます。その方は死者だけを降臨させるようなケチではありません。なんと、生きている人まで降臨させてしまうのです。

「あっ、ショーケンだ!!」

客席から声が上がります。ふと隣をみると彼はステージ上で後ろを向き、すぐさま振り返るとそこには色の濃いサングラスをかけたショーケンこと萩原健一さんが座っていました。ご存知の通りショーケンさんはまだご存命ですが、あれはまさしくご本人の魂が降臨されたのに間違いありません。証拠に両手の人差し指を立てて、「ひぁぁぁ」だの「ひぃぃぃ」だのと小さな奇声をあげながら、ものすごく挙動不審な感じでマイクに向かっています。あんな訳のわからない歌い方を臆面もなくできるのは、それがご本人である以外何物でもありません。僕がギターを弾き、「酒と涙と男と女」を歌います。ショーケンさんは歌の端々でも細かく奇声を上げます。音程やリズムがいかにもショーケンさんらしい味のある崩れ方をします。ものすごくハモリ辛いのですが、元テンプターズで数々の名作映画やドラマに出演していた憧れのショーケンさんに僕ごときが意見などできるわけもありません。客席の皆さんも、まさかここでショーケンさんに会えるとはと大喝采を上げています。そして歌い終えると、沸き立つ客席を残してショーケンさんは去って行きます。サングラスを外したいつもの彼が座っています。どうやらあのサングラスが霊媒装置のようです。そのあと彼は、何事もなかったようにいつも一緒にいらっしゃる奥様の伴奏をします。弾く曲も先ほどとはうって変わってボサノヴァだったりアルペジオを駆使したとても繊細なものだったりとがらりと芸風が変わります。この豹変ぶりも、彼が優れたイタコであることの証左でしょう。その他にも、泉谷しげるさんが降臨してくる場合があります。まだ魂の受け皿がしっかりとできていないようで不完全ですが、これからは僕も力を合わせて泉谷さんの生き霊をうまく引き出せるようにしていきたいと考えています。


そういえばこの方、酒は一滴もお飲みになりません。コカコーラと食べ物を注文し、ご夫婦ともに素面で食事を楽しまれています。二人の座っているテーブルやカウンターの上は、まるでファミリーレストランのような様になっています。やはり生き霊を降臨させるためには酔っぱらってはいけないのでしょうか? 昭和のイタコさんは、とても素敵な下戸の愛妻家です。

 
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人格者

08 9月

その人は一見、お医者さんのような風貌をしています。小柄な体躯、豊かな白髪、眼鏡、痩身。そんな、まるで解毒した上岡龍太郎さんのようなインテリ然とした様子の上に、もの静かで温厚、深酒もせず、いつも静かに目をつぶって瞑想をしています。

そんな彼は、よく我が昭和のマスターとデュオを組みます。演目はPP&Mやウディ・ガスリーなどの古いアメリカのフォークソングです。きれいなハーモニーと繊細なアルペジオの調べは、聴くものをうっとりさせ、わいわいと飲んで歌ってヒートアップする店の雰囲気を上手くクールダウンさせてくれます。こういうひと呼吸があるからこそ、店に集ってくれるみなさんも疲れずに楽しく酒が飲めるのだと思います。傍若無人で小学生がそのまんま五十を過ぎてしまったようなマスターを相手に、出過ぎず引っ込みすぎずギターとハーモニーでサポートしていくのは至難の業です。それをこなし、尚かつ継続させているのはひとえに彼の温厚な人柄の賜物でしょう。そういう面でも、彼がどれだけ人格者かわかるというものです。

–––いや、以前まで僕は何の疑いものなくそう思っていました。ですが、ここ最近、どうも彼のその人格にたいして少し猜疑心が湧いてきてしまいました。

「じゃ、ハルちゃん。ベースお願い」

彼のステージの順番です。ベースを頼まれた僕は、彼と一緒にステージにあがります。彼にサポートを頼まれた他のお客さんたちも、ぞくぞくとステージに上がりドラムやギターの位置につきます。自分用の歌本をぱらぱらとめくり、彼はある曲を指差して僕の方を見ました。

「これ、カポ6ね!」

カポ=カポタスト。ギターのネックに取り付けてキーを変えるクリップのような機材です。それを6フレットにつけてギターを弾くと宣言したのです。ギターは、いいです。そういう便利な物があるから。しかし、ベースのカポというのは存在しません。仕方なく僕は、コードチェンジする彼の手をみながら譜面に書いてあるコードとまるで違うコードにそってベースを弾きます。泣きそうになって、今にも頭からバネが飛び出しそうになりながら、僕はベースを弾きます。たぶん、あれはイジメだと思います。

それだけではありません。少し前、カウンターでいつものように瞑想している彼に僕は出番を告げにいきました。

「………あ……、ああ……、うん……」

そのとき、彼はそんな風に返事をしました。気怠くまどろんだ声でした。あの腕を組んで目をつぶり、この世の苦労を一身に背負ったような姿は、けっして瞑想ではありませんでした。たんなる睡眠でした。

その他にも、さも嬉しそうに語る脱臼しそうに下らないオヤジギャグ。おもしろがってやってみたらとんでもないことになってしまったドラムプレイ。今まで僕が彼にたいして勝手に描いていたイメージが、ここ最近ガラガラと音を立てて崩れ去っていきます。物静かな彼の本質は、人間的でかわいらしい部分のたくさんあるとても楽しく朗らかな人でした。

それでも、やはり人格者であることには変わりないでしょう。だって、あのマスターと一緒に今でもデュオをやっているのですから。

 
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あのころ君は若かった

29 8月

その人はとても温厚な人です。生ビールを前にカウンターで穏やかに仲間と語らい、笑みをいつも頬に絶やさず、けっして激さない人です。ステージで歌う曲も中島みゆきさんや長渕剛さんの比較的しっとりとした曲をアルペジオで静かに弾き語ったり、ときには上田正樹さんの「悲しい色やね」やサザンオールスターズの「恋人も濡れる街角」をボサノヴァ風にやったりと、激しさや荒々しさとは対極のものを選び、それを上手にこなします。ゆったりとしたリズムで弾かれる彼のアルペジオはリズムが安定していてとてもリードが弾きやすく、僕は彼と演奏する時間を心の奥でどこか楽しみにしています。

もう随分前ですが、自分の若いころの話題でカウンターが盛り上がったことがありました。ある常連さんの持ってきた若い時分の写真に端を発し、みんなが自分が若い頃にどんな格好をしてどんな少年、青年だったかを語りだして盛り上がったのです。

「俺なんかさぁ、こんなだったんだよねぇ」

と、カウンターの隅に座っていた常連さんの一人が携帯電話の画像を見せてくれました。それは、現在の姿とは似ても似つかない、横浜銀蝿のような髪型と格好をした青年の姿でした。もちろん、その場にいた人は僕も含めて満座大爆笑でした。

「俺さぁ、族だったからさぁ、車もシャコタンだったし、まあ、グレてたよねぇ、当時」

少し照れくさそうに笑って丸い身体の背をさらに丸めて、写真のリーゼントからは想像もつかないような坊主頭をなでていました。みんな目尻に涙をためながら笑っています。僕も正直、そのときは腹がよじれそうでした。そして笑いが一段落したころ、ビールジョッキを片手に、あの温厚な彼がぼそっと言いました。

「あ、オレは若いころパンチだったよ––」

え–––??? 僕の思考はしばらく停止してしまいました。それに気づかず、彼はさらに語ります。

「まあね、オレも族だったからさ、とうぜん眉毛も剃ってたし特攻服も着てたし、シャコタンも乗ってたし、パンチもさ、ただのパンチじゃなくてもっと細かいニグロだったからね」

のろのろと動き出した自分の思考のなかで、モンタージュ写真のように彼の現在の顔にニグロの髪型をのせて眉毛を細くして、特攻服を着せてみました。思わず財布を差し出したくなるような怖い顔が脳裏でできあがりました。

(この人は、こんな怖い風体をしながら、中島みゆきや長渕剛の歌を聴いていたのだろうか?)

僕の中ではずっとこの疑問が解けません。僕の世代のグレていた連中が尾崎豊さんのバラードに涙していたように、意外ときちんとグレた少年というのは心の芯の部分に繊細で純粋なものを持っているからなのでしょうか。一度きちんと訊いてみたいものです。

それにしても、我が昭和に集う人のなかにはけっこうグレた少年時代の記憶を持った人がいます。そしてその方々は中年になった今、とても温厚で心根の太い樫の木のように落ち着いた人たちばかりです。息子や娘がグレて困っているお父さんお母さん、そのへんのろくでもない教育相談所なんかへ行くのなら、そのグレた子たちを連れて昭和のカウンターに座り、彼らの演奏と歌を聴かせるほうがよっぽど効果があるかもしれません。


 
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見上げてごらん夜の星を

22 8月

三年前、僕がはじめてこの地を訪れるまで、東北地方の夏というのは涼しいものだと思っていました。東京の蒸し暑さから解放されて、涼しい東北でライブをやる。それは素晴らしい。勝手にそんなことを思っていました。

「うわぁ、今年も暑いねぇ」

白石蔵王からバスに乗り、例年通りのライブ地に入ると、誰彼ともなくそんなつぶやきが聞こえました。宮城県角田市––。昭和恒例角田ツアーは、三年目の今年も真夏日のなかスタートしました。

マスターの口開け演奏からはじまり、しばらくはお客さんもまばらです。炎天下、摂氏三十五度ちかい中、たとえ角田市を上げての夏祭りとはいえ、まだまだ市民のみなさんは表に出てきません。僕ら昭和の面々は、暑い、暑いと口々に小さく悲鳴をあげながら、ビールを飲み、食べ、そして演奏を繰り広げていきます。暑さに参りながらも、どの顔もみんな楽しそうに笑っています。ライブを手伝っていただいている現地のスタッフの方々も、楽しそうにしています。時間がゆっくりと流れ、のどかで平和な演奏会。まるで三月に災害などなかったかのように、ギラギラと照る太陽の下にアコースティックギターの音がこだましています。あちこち立ち働きながら、僕はその雰囲気に満足していました。

そして夕方––。これも例年通り、パレードがメインストリートを進んでいきます。ここで演奏は一時中断。パレードの通過を待ちます。

「おおーっ! チアガールだ!」

ラメの入った青い衣装に身を包んだチアリーダーがパフォーマンスをしています。みんな沿道まで出て行って、そのミニスカートから伸びる足を眺めて声援を送っています。さすがはオッサンたちです。なんだか暑さを忘れているようにも見えます。かくいう僕も、無意識に目がそちらにいっていましたからあまり人のことはいえませんが……。

そして、パレードを境に、ライブ会場にお客さんがぞくぞくと入ってきます。会場も日差しが陰りはじめ、だんだんと薄暗くなっていきます。雰囲気がどんどんと高まっていきます。

今年は例年とすこし違い、バンドよりもピンの弾き語りが多く登場しました。かといって、盛り上がりに欠けたわけではありません。静かに、しっとりと、客席は盛り上がっていました。証拠に、来場していただいた現地の方々は、年配の方も若い方も席を立とうとしませんでした。みんなビールやソフトドリンクを口にして、ソーセージやトウモロコシに舌鼓を打ちながら、静かに鳴り響くアコースティックギターの音色に耳を傾けています。盛り上がるという言葉は、何もみんなわいわいやるというだけではありません。黙って音に身を委ねるという盛り上がり方もあるのです。今考えても、それはとても素敵な時間でした。

そして、ライブは終盤に向かいます。会場に来ていただいた角田市長が二曲歌い、角田市民総勢十数人による「上を向いて歩こう」で一段と会場は盛り上がり、その後、同じ坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」のイントロが会場に響き始めました。この日のために昭和常連のお客さんが作ってくれた歌詞カードが客席に配られ、会場すべて一つになって歌いました。僕も演奏陣として参加しました。

コードを弾きながら、客席を眺めます。会場は去年とも一昨年ともそれほど変わった様子はありません。ですが、この地はやはり被災地の一つなのです。東京に住む僕には想像もできませんが、あの会場にいた市民のみなさんの心の中にはきっと何か特別な思いがあったに違いありません。歌詞カードを見ながら歌う人たちの顔や声は、どれも祈るように、そして三月のあの日からの日々を慰めるように、静かに厳かに会場を包み込みます。僕はきっと、生涯あの日の光景を忘れることはないでしょう。

ふと見上げると、夜空は雷雲のかかった空でした。しかし、その雲の合間から顔をのぞかせる東京よりもずっと彩度の高い星々は、歌のとおり静かに優しく会場にいるすべての人の幸せを願っているようでした。

 
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